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ネコのあまやどり

寂しがり屋なネコのあまやどり小屋。

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おはようございます。

なんだか最近調子が優れませんが、ブログは更新します。
なぜって、そりゃ寂しいからですよww

さて、いまさらですが、私には「社会不安障害」という病名がついています。

ただこれは、病院の先生にも言われたのですが、たぶんそうだろうって感じでつけられたものです。
先生にも、病名なんてあまり気にしなくていいよ、と言われてますし、私自身病名は受け入れながらも、あまり気にはしていません。

ただ、以前もそうだったかといえば、全くそうではありませんでした。

わけのわからない不安感。
俺は何かの病気なのか?
俺はどういう病気なんだ?

そんなことばかり気にしていたと思います。
それが病名がついたことによって、私自身逆に安心した面もあったのかもしれません。
今は、あぁそうなんだ、くらいに思っています。

だからこの病名、あるだけ無駄なのかというと、そうでもありません。
時々、この「社会不安障害」という言葉が、強い効力を発揮するんです。

例えば、大学を退学した時。
退学理由が病気なら、病名をはっきり書け!って言われました。
少なからず傷つきましたが、まぁ納得させるのにこれ以上のものはないわけです。

また、以前は母も私と同じように、いや、私以上に不安だったようです。
まぁそりゃ不安にもなりますよね。
自分の息子が、病名もわからない、たぶん精神が病んでるんだろうなって状態になったわけですから。
それに、飯も食わない、外にも出ないって日が何カ月も続きましたからね。
もうストレス半端なかったと思いますよ。
本当に母は強いんだと実感しましたね。
それが、ある日突然「社会不安障害」という病名を授かったと話しましたところ、なんとなく落ち着いたというか、たぶん母の中でも、あぁそうなのかって納得したんでしょうね。

そんな感じで、病名って実は、社会の人や家族、自分に至るまで、どういうものなのか納得させるためには、ある程度必要なのかなって思うんです。
ただそれによって、できないことをなんでもかんでも病気のせいにするのはどうかと思いますが。

で、よく私が考えてるのは、病名はあくまでも人を納得させる手段。
私に出る症状は、私の個性って思うようにしてるんです。

なんてうか、別に病気じゃない人でも緊張しやすい人っているじゃないですか。
そんな風に、過度に緊張しやすいのも、不安に感じやすいのも、結局は自分のちょっと嫌な個性なんだ、って思うようにしてるんですね。

なにが違うかって、自分は病気なんだって思うと、自分は病気を克服しようとか、治すんだとかって変に身構えてしまいそうで、余計に疲れてしまいそうじゃないですか?
そうじゃなくて、めんどくさい症状もでるけど、これも自分の個性の一つなんだって思えば、無理に治すとかって考えずに、まぁこれからうまく付き合っていこうか、って思いやすいように感じるんですよね。

だから当分は、緊張しやすい場所や状況に、少しずつ慣れていければいいと思います。
まぁ、それもすごく大変なことではあるんですが。
少しは俺も頑張らないとね。

まぁ、うまく付き合っていこうや。

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「私の辛さがわかりますか?」

人からそう言われたら、あなたはどう答えますか?


私は今まで、もし目の前に辛い思いをしている人がいたら、その人がどれくらい辛いのかはわかってあげられなくても、どんな辛さなのかはわかってあげられるんじゃないか、と思ってきました。
 
でも、病院の先生や友達、家族といろいろな話をする中で、あることに気付きました。
 
それは、その人がどれくらい辛いのかも、どんな辛さなのかも、わかってはあげられないんだ、ということです。

まぁよく考えれば当然の話です。
10人が同じ景色を見て、10人ともが同じ感想を持つはずがありません。
同じように、人それぞれ感じ方や考え方、何もかもが違うのに、自分の中の基準だけで、人の辛さをわかってあげられるはずがないんですよね。

想像はできます。
たぶんあんな辛さなんだろうな、って。
でも、それはあくまで想像でしかない。
結局は自分の中の基準で作ったものにすぎません。
・・・・・・まぁそれがムダだとは思いませんが。

じゃあ、どんなことならわかってあげられるでしょうか?
“どんな”ではなく、“どれくらい”でもない。

わかってあげられるのは、その人は今辛いんだ、ってこと。
それだけはわかってあげられます。
そして、それだけわかってあげられたら十分だと思うんです。

どんな辛さで、どれくらい辛いかはわかってあげられないけど、あなたが今辛いんだってことはわかってあげられる。
その上で、いろんな話を聞いてあげられる人に、私はなりたい。


「私の辛さがわかりますか?」

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眠いです。
久々に昨日から一睡もしていません。

えー、昨日は朝から友達とバスケをしていました。
あ、また足が血だらけになりましたww

で、その友達が、
「今日の夜中にある、サッカー欧州チャンピオンズリーグの決勝戦を一緒に見ないか?」
と誘ってきました。
調子も良かったので、その友達と他の友達数人とで、うちでサッカーを見ることになりました。

夜12時くらいにうちに集合し、麻雀やら、ゲームやらで時間をつぶしました。
午前3時40分頃、キックオフ!
結果は特別書きませんが、見ごたえのある試合で満足しました。

試合終了が朝の5時30分頃。
友達一人は帰り、残り二人は仮眠がてら、うちで2時間ほど寝て(私は寝ていませんが)、さて帰ろうと片づけをしていると・・・・・・
何か動めく大量の小さく黒いものが・・・・・・

アリでした。

え?!なんで、アリ?!

ビックリしました;

とりあえず友達を帰し、母と二人でアリの掃討作戦開始。
掃除機で吸っても吸っても、次々わいてくるアリ。
ようやく出所を見つけ、薬をまき、やっと落ち着いたのがついさっき。

昨日のバスケの疲れから、完徹の疲れ、さらにアリの駆除の疲れも重なり、只今限界を迎えております;
さすがに辛いです。

寝ようかな・・・・・・
今から寝たら、睡眠のリズム狂いそうだしな・・・・・・
まぁ、我慢しようか^^;

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少し重い話をします。

「死」についての、私の勝手な考えです。
聞き流してもらって構いません。

私はどういうわけだか、小さいころから「死」について考える変な子供でした。
まぁ考えると言っても、「死」って何?みたいなことじゃなくて、私はどういう死に方をするんだろうとかって感じにです。

なんでかはよくわかりません。
ただ、小さいころに祖父がガンで亡くなったり、友達の妹が交通事故で亡くなったりして、そういう感情やら状況やらを、子どもながらに何か考えていたのかもしれません。

一時期、あまり考えなくなっていたのですが、最近になって、また「死」についていろいろ考えるようになりました。
それは、自分が一度死にたいと思ったということもあるし、いろいろ考えさせられるようなことがあったからだと思います。

私は、どうせ死ぬなら、苦しまずに死にたい。
まぁ、人間そうそう楽に死ねる方法なんかないわけで、そもそも今は自分から死にたいと思うこともほとんどありませんが;

で、ここから勝手な話。

よく、後悔なく死にたいとかって言うじゃないですか。
私はたぶん、後悔なく死ぬのは無理だろうなー、とか思うわけです。
今、普段の生活を送るなかで、私は後悔しない日なんてありません。
もう後悔しっぱなしです。
あぁ、今日は○○やればよかったな・・・・・・
あぁ、今日は○○しなきゃよかったな・・・・・・
とかって具合に。

今でそんな状態なのに、本当に死ぬってなって、あれやっとけばよかったとか、あれやりたかったなとかって、思わないわけないと思うんですよね。

で、結局考えるようになったのは、死ぬことは、死ぬときになってから考えようって話。
実際どうなるかなんてわからないのに、考えるだけ無駄かって思ったわけです。
もし私が突然なんらかの事象で死んだとしたら、仕方ありません、受け入れます。
ただ、これと他人の感情とは別の話ですよ。
あくまで偶発的に自分を死が襲ったとしたら、どうしようもないから私は受け入れますって話ですよ。

それよりも、どうせ後悔するなら、今できるうちにいろんな後悔しとこうって思うんです。
要は、死ぬまで生きようと思ったわけです。
そんなの当たり前じゃん!って思うかもしれませんが、意外と難しいと思いますよ。

あ、よく四苦八苦っていうじゃないですか。
あれの四苦。
つまり、生・老・病・死ってありますよね?
あれって、実は生の「一苦」なんじゃない?って私は思うんですよ。
だって、生きてないと老いないし、生きていないと病気にならないし、生きていないと死ねないわけですから。
生きることこそ、全部まとめて人間の苦なんじゃない?って思うんですよね。

まぁそれはいいとして・・・・・・

私は「死」に対して悲観的なわけじゃありません。
ただ、それよりも、後悔しながら、苦しみながら、「今」生きていることを感じていたいんです。
生きることを喜ぶとかじゃなくて、「あ、今俺生きてるな」って思いたいんです。

だから、頑張ります。
たとえ今の自分が最悪でも、今の自分が最高でも、全部まとめて自分の「今」です。
いつ死ぬかなんてわからないからこそ、頑張っていろいろな「今」を生きていきます。

さて、今のあなたは、どんな「今」を生きていますか?

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空手から帰ってきました。

今日は怪我もせず、無事終了。
ふー、いい汗かいた。

さて、明日にしようかとも思ったんですが、忘れないうちに書いておきます。

今日の空手で、私は初心者のチビッ子を数人教えていました。

チビッ子に色々教えるのは、一筋縄ではありません。
ちょっと目を離したすきに、どっかいなくなります。
集中力も長くは続きません。
基本、稽古の邪魔になるようなことをしてきます。

でも、相手はまだ幼稚園から小学1年生です。
普段から、怒ったら逆効果かな、なんて思い(もちろん危ないことをしたら怒りますが)、できるだけ丁寧に、ゆっくり、休みをこまめに取りながら、教えるようにしていました。

でも、今日の稽古の休憩中、ふと気が付いてしまったんです。

・・・・・・そこには、教え子に対してイライラしている自分がいました。

ショックでした。
すごく悲しい気持ちになりました。

こんな気持ちで教えてもらったって、たぶん嬉しくなんかないし、上手くなんかならないだろうな。
そう思ったんです。
事実、私が教え子の立場で、そんなイライラ指導なんかされたら、嫌になって当たり前だな・・・・・・って。

大好きな空手なのに、その楽しさを全く伝えられていなかった。

まだまだ未熟ですね。
指導者としても、人間としても・・・・・・

今日は大反省の日です。

疲れてたから・・・・・・そんなの教え子に関係ありません。
ちゃんとやってくれないから・・・・・・私の教え方が悪いだけです。
勝手な理由で、勝手にイライラして、本当に何やってるんだか。
教え子に申し訳ないです。

こんな先生で、ごめんね。

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プロフィール

HN:
ギター坊主
年齢:
36
性別:
男性
誕生日:
1989/12/06
職業:
空手指導員・家業見習い
趣味:
運動・ゲーム
自己紹介:
社会不安障害(SAD)及び
パニック障害な管理人。
北海道在住。
マンガとアニメと音楽好き。
スポーツ大好き。
(見るのもやるのも)
今は空手の指導員。

相互リンクは大歓迎です!
その際、一声おかけください。

何か御用の方はこちらまで。
guitar_saikou1206☆yahoo.co.jp
(☆を@に変えてください)
※件名が日本語じゃないものや、不審なものは読まずに削除いたしますので、お気をつけください。

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